赤べこ家のまるごと

婚活に育児に介護に夫婦ゲンカになんでもさらします。

介護についての記事を書きたくても書けないという悩みからの~

ここ最近全然介護についての記事書いてないです。

ブログの説明文に堂々と介護の文字入れちゃったのに~

 

ちゃんと介護してるんです。

だけど、読んでみよう!と思ってもらえるほどの事は起きないんです。

こんな工夫をしたらこんなに喜んで貰えました!

工夫してないし。

 

介護食をこう変えたら食が進みました!

減る一方。

 

イラつくことは起きるんですが、それを1000文字とかまでもってく事ができません。

 

今日は1個200円もする栄養補助飲料(バナナ味)をデザートにじい助に出したら

ドロっとしてて飲みにくいと言われたので水足してやったら

余計不味いわ!と飲まなかったので

バナナ味をじい助の頭に浴びせる妄想して部屋を出ました。おわり

 

今、私がしていることは「介護」という域に達していないからかな?とも思いましたが

 

どー考えても

「介護」だし。

鈴で呼ばれるし。すぐさまスパーンと襖開けてやるし。

 

淡々とこーいうお世話しました、こーいう薬を投薬しました、と書いてても

書いてる私がつまらぬ。

 

そんなんでここんとこ悩んでおりましたら

書けるような事件が起きました。

 

ばば子(じい助の元嫁)も同居することになりました(*ノω<*)

 

事の起こりは数週間前

ばば子

「べ子ちゃん、ちょっと付き合って欲しいところがあるの」

 

平日の昼間、じい助はおりますが自由に動けるのは身内で私だけ。

よっしゃよっしゃ、どこでも連れてったるよーと車を飛ばして向かった先は婦人科でした。

 

ばば子

「先生からご家族を連れて来てくださいって言われたの・・・息子たちわざわざ仕事休ませるのも気が引けて・・・ごめんね」

 

ちょっと待って、どーいうこと?!

なに、どこか具合悪かったの?!

 

「たぶん、私もう長くないんじゃないかしらw」

 

え、なにそれそんな話がこれからあるの

それ家族代表して私が聞くの?!私が?!

 

「ごめんね、べ子ちゃんも忙しいのに」

 

ちょっと、ちょっとちょっと・・・

 

どうしようもないので、腹くくって婦人科行きました。

 

子宮ガンの恐れがある、紹介状書いたので早急に精密検査を受けに行ってください。

 

デジャヴなんてもんじゃない

 

ガン

ガーン

癌。

 

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そこからのばば子は素早かったです。

先生から家族を連れてくるように、と言われた時から、自分の身の振り方をすでに決めていました。

私たち身内が、じい助に続きばば子までもガンかもしれない事実についていけなくて

ホゲっとしている時

ばば子1人が黙々と準備を進めていました。

 

その準備とは

・仕事を辞める

・アパートを引き払う

・家財道具を処分する

・貯金を全部引き出す

 

です。

 

ばば子の言い分は

・体が動くうちに、自分が死んだ後、子供たちが煩わしいだろう事は片付けておきたい。

 ・体が動くうちは、じい助の尻拭い(介護)を子供たち(主に私)に押し付けるのは気が引けるから、ばば子がやる

 ・それを条件に、ウチに置いてくれないか。少しでも大変になったら、大金積んででも入院するから

・このお金(100万)とりあえず受け取ってほしい。家の頭金をべ子母が出したから。

 

そう決めちゃってました。

子供のことしか考えないばば子、お願いだから自分のことをもっと優先してください…

 

ウチに夫助兄弟妹集合し、会議開きました。

すでにじい助を抱え込んでいる私に、身内の視線が集まります。

みんな冷静に考えて

ウチしかない事は分かっている。

みんな働いてますから。私も、分かってる。

 

それでも次男の嫁に、金は貰いこそすれ全てを押し付ける感じになるのが、それぞれの良心を揺さぶったんだと思います。

 

夫助妹が

「じゃあ私もここに住む!」

「おいおい、もう部屋ないよ」

 

夫助弟が

「オレ毎日ここで夕飯食う!」

「おいおい、ウチは定食屋かよ」

 

夫助兄が

「オレは思い出を残す」

「おいおい、・・・( ^ω^)」

↑コイツ

 

義兄をコイツ呼ばわりしてます、くせものです。

 

義兄は結婚歴ありません。

一人暮らしです。

 

そもそも、不思議に思っていました。

年老いたじい助もばば子もアパートで独り暮らししていたから。

義兄はそんな遠くもないところに広いマンション買ってるのに。

 

どうしてじい助もばば子も、義兄と住まなかったんだろーと漠然と思っていました。

一人が気楽だったのかな?仕事の都合かな?

夫助に聞いても

「兄貴はくせものだからなぁ」

で終わり。

 

くせもの具合がやっと私にも分かるようになってきたんです。

義兄がくせものなのは皆慣れっこだったみたいで。

 

そのくせもの具合なのですが

ウチに来て、吐き気に襲われているじい助と手を繋ぎ、その手の写真を撮ります。モノクロで。

ウチに来て、じい助の背中をさする義兄の動画を撮ってほしいと頼みます。私に。

ウチに来て、楽しかった昔話をさぁしようとアルバム出すのはいい。でも動画回します。

 

 じい助に食わせてやってくれと持ってきた手土産がモスだった時には

ミキサーにかけてマジで出してやろうかと思いました。

私が美味しくいただきましたけれども。

 

なんなん?

ザ・ノンフィクションにでも応募するんかな?

【親父がガンになっちゃったかわいそうなオレ】

って題名なんかな?

コイツ絶対介護ブログのネタにしてやる、と固く決意しました。

 

そしてあらかた写真や動画を撮り終えると

「オレは親父の息子で幸せだった」

「オレも親父のように人生悔いないように生きるよ」

「親父、ずっと見守っててくれな」

 

いやまだ☆ってないし

 

じい助気持ち悪くて話聞くどころじゃねぇし

そのセリフ私まで気持ち悪いし 

 

義兄に石ころ帽子かぶせたいわー

 

義両親がガンでどちらも引き取ることになりましたが

これから夫助と弟・妹夫婦と協力して乗り切ろうと思います!